文系出身がおくる物理せいかつ

中学の時に数学や理科が嫌いになり、高校大学と文系に進んだが、大学の時にあることがきっかけで物理に目覚めたとある文系の日記です。興味ある分野は物理のほか、数学、言語、景観工学、観光学、鉄道あたりですのでこの辺りが主なトピックスになりそうですな。

【放送大学】学位記授与式に参加しました

 

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 みなさんこんにちは。この度、放送大学を卒業することになったため、学位記授与式に参加してきました。その時の感想だとかを少々述べたいと思います。

 

 この日のために放送大学に通っていたわけですから、それはもう感慨深いことこの上ありませんでした。

 

 当日は11:00から式典開始で、私は1時間ほど前に会場入りしました。地方学習センター所属ですし、特に知り合いもいないので一人でした。まぁ、通信制大学ですからね。でも、この会場にいる皆さんが、恐らく自分と同じように何かしら苦労をしながら色々なものを乗り越えてここまで辿り着いた"学友"であると思えば、"独り"ではなかったように思います。

 

 さて、10:30からは学歌斉唱の練習が始まりました。私は学歌が大好きで、よく風呂に入りながら口ずさんだり、辛くなった時に自分を鼓舞するのに聴いたりしていました。私の放大生活と共にあった大切な歌でした。自分でも意外だったのですが、まだ練習ですよ。

式もまだ始まっていないのに涙がこみあげてきて、

全っ然歌えないの(´;ω;`)ウッ…

もう自分でもビックリしちゃって、「あぁ、放送大学って自分にとってものすごく大切なものだったんだな」としみじみ感じました。もうね、イントロで盛り上がっちゃって「あーまたーの…ウッ…」みたいな(笑) 今思い返すと恥ずかしいですね。

 

 式が始まり、まぁなんやかんや進むんですが、学長式辞が始まりました。私は岡部学長時代に入学しており、ご存知の方も多いとは思いますが岡部先生はかなり人望の厚い方でした。それから來生先生に学長が変わりましたね。学生の間ではあんまり心象良くないという話をちらほら聞いたり、単位認定試験に関する解釈問題とかあって若干不安なところはありました。とはいえ、式辞はすんごくしっかりしてました。

 

 人生が有限であるからこそ選択に意味があるのだ。放送大学に来るという選択をしたために失われた喜びがある。しかしそれを上回る喜びが学位記の取得にあるのだ。

 

というようなことをおっしゃられたときもまた泣いてしまいました。思い返せば、放送大学のために、仕事が休みの日も大学に通い、雀の涙ほどの新卒の給料は学費に消え、家族や友人と過ごす時間をも削り、最終的に仕事も退職するという、よく考えたら失ってきたものがとんでもなくたくさんありました。でも、この学位記取得にはそれを失う以上のベネフィットがあるのだ、大丈夫だ!と思わせてくれる言葉は、私の心に沁みました。

 

 卒業生代表の言葉もありましたが、これまた非常に共感できるもので感激しました。卒業研究報告書を郵送で提出した日の青空が忘れられないとおっしゃっていましたが、本当にあの日の空は綺麗でした。卒業研究は前年度から準備が始まるので2年間、悩み、遅々として進まない自分に苛立ちながらも書き上げた報告書を出せたときの達成感はものすごいものです。

 

 最後の学歌斉唱は泣かずにちゃんと歌い切りました。本当に何度聞いてもいい歌です。毎年大学の窓で学位記授与式の動画が出るたびに、再来年は自分があそこに…来年は…と思っていたのですが、ついに自分の番になったのだなぁと、思いながら歌っていたらあっという間でした。私は再入学するつもりがないので、学歌を皆で歌うというのは人生で最後だろうと思うと寂しいなぁ…とも思います。でも、終わりがあるからこそその時を精一杯生きられるのだろうとも思います。自分で言うのもなんだけど、この日ばかりは自分に「よく頑張ったね、お疲れ様」と言いました。

 

 さて、私は来年からは通学制の大学院に行くことになります。まだまだやることもありますので、過去を振り返るのもほどほどに、そろそろ前へ進まなくてはなりません。皆様におかれましても、お体に気を付けて学業に打ち込んでください。

 これからも研究の傍ら放送大学生活や、研究生活についてもちらほら書いていこうと思ってますので、どうぞよろしくお願いします。